2010年5月 4日 (火)

ふく利のラーメン

GWということで、中1になったばかりの次男がラーメンを食べに連れて行けと言う。

しかも、夜は家族4人でコナンくんの映画に行くことになっていた。

 

以前、次男とラーメンを食べに行ったのは、僕の事務所の前の「美渓」さんだった。

ここのラーメンもうまい!

お向かいさんだから言うわけではない。

正直、うまい。

 

そのとき、次男はチャーシューメンをオーダーして、全部食べるのが厳しそうだった。

 

ちなみに高1の長男は大きい方だが、次男はまだ小さい。

ごはんもゆっくりと食べる。

決して量は少なくはないが、夕食などは食べるのに半時間はかかる。

よく噛んでゆっくり食べると太らないと言うが、太らないどころか、背も伸びていない。

 

で、今回は彼のリクエストもあり、ふく利さんのラーメンである。

ふく利の大星社長さんとは仕事上で少なからず縁がある。

ここのラーメンもうまい!

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昼食時間を外し、近所の沖浜店に1時頃行ったが外にはまだ行列ができていた。

しかも、それは僕らが帰るときまで途絶えることはなかった。

県外客も多いようだ。

徳島ラーメンという、地元民から見るとあまりパッとしない、取って付けたようなブランド名に多少戸惑うものの、明らかにそれは徳島県以外で大きな魅力を持つブランドになっているのだろう。

 

次男は人混みに入ると無口になる。

少々大人びた態度になる。

彼はラーメン並の餃子セットをオーダーした。

料理人になりたい、などと言うくせに、その大きな夢に矛盾するほど彼には好き嫌いが多い。

 

混んだ店内に接客係の女性の活きのいい声が響く。

彼女の声と笑顔は、この店の素晴らしい造りと相まって、明らかにそれだけでは決して作ることができない良いイメージを客に与えている。

 

小さな次男は時間をかけてラーメン+餃子セットを食べていく。

自分の食べる時間の遅さを知っているのだろう。

まずラーメンから食べていった。

確かに餃子とご飯とラーメンを上手に時間配分するとラーメンは伸びてしまう。

そして、餃子に移り、最後は半端に残っているご飯をラーメンスープをすすりながらうまく食べていった。

ここにも優先順位があるようだった。

 

僕らの2組後に入店した家族連れが会計している頃、僕らはまだカウンターにいた。

外食は例えそれがラーメンでも家族間に普段と違う間ができる。

それは決してイヤな物ではなく、どちらかというと微笑ましい間であることに違いない。

おいしそうに食べる、まだ小さい次男を見ていると非常に癒されるのである。

これも普段の食卓ではあまり感じることのない感覚かも知れない。 

 

夜は映画である。

彼の前に大きな人が座らないように祈らねばならない。

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2010年2月13日 (土)

夢は引き継がれる

それを本で読んだのか、テレビで見たのか、忘れてしまった。

人は生まれ変われる・・・らしい。

 

心霊的な話ではない。

その内容はこうだ。

 

「人は自分のできなかったことや叶えられなかった夢を生まれ変わって成し遂げようとする。その生まれ変わりこそが自分の子供である」

 

なるほど・・・。

 

僕も自分自身、いろいろな失敗をしてきたし、中途半端になって後に悔やんだこともあった。

人も傷付けてきたし、恥ずかしい想いをしたこともある。

もちろん、今も人間的にまだまだ未熟なレベルであることは言うまでもない。

 

でも、もしもう一度人生をやり直せるとすれば、

・・・やっぱり甲子園を目指すだろうな。

 

 

29年前、20年ぶりに準決勝に進んだ僕たちは、その年の春、甲子園に出場していた鳴門商業(現、鳴門第一)に2-3xでサヨナラ負けを喫する。

その時点では実感がなかった。

でも、あとになってわかったこと。

それは、「甲子園に対する想いの差」がこの明暗を分ける大きな1点に出てきているのだ、と。

僕らにはそれがなかった。

 

 

時は流れて、今もマスターズ甲子園に出場し、甲子園を目指している。

今年は第2回徳島大会(甲子園予選)も開催される。

まだまだ夢はあきらめられない。

 

そして今日、長男の高校進学が決まった。

正直、勉強もよくがんばったと思う。

自分で、テストの合計得点最低ラインを常に400点に置いていた(もちろん、常にクリアできるような優等生ではないが)。

しかし、彼は彼なりに想いを強く持っていた。

 

春からは母校のユニホームに袖を通し、彼の夢を追いかける。

 

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2008年3月10日 (月)

親の役割

先日、息子のことで親として非常に考えさせられる一幕があった。

よく、子供のことをわかっているつもりで、心の奥までは実は全くわかっていないというような親がドラマなどに出てくる。

私はそういうドラマを見て、内心「こんな親にはなりたくない」などと思っていたものだ。

しかし、自分自身、親として子供を見ているつもりで実は見えていなかったことに気付いた。

 

よくドラマ等で学校の責任を追及するシーンを見かけるが、私個人の考え方では、教育の現場とは家庭以外の何処でもない。

なぜなら、私の個人的考え方だが、子供たちに教えるものとは大きく分けて3つあると思うからである。

その3つとは、まず、考え方。これは授業の内容等で答を導く過程で養われ備わってくるもの。

ちょっとした疑問を持ったり、テストまでの目標設定をすることなどから間接的に教わるもの。

次に、在り方。これは部活動や友人たちとのコミュニケーションの中から気付いてくるもの。

最後に、生き方。これは考え方や在り方を総じて自分自身の中で構築されるもの。

テストの点が良く、いわゆる一流大学等に入学することが出来ても、在り方や生き方がしっかりしていなければ社会では通用しない。

この3つの柱がしっかりしたところから、例えば「~な人間になるんだ」「そのために今は勉強することは非常に重要なのだ」、簡単にいうとこういう考え方で一流大学に入っていく子供と単に勉強だけやって一流大学に入れる子供とは明らかに生き方が違う。

 

その中で最も重要なポイントの生き方とは親が教える(見せる)ものだと思っている。

昔は学校でもそれを教えられたのではないか。

「親の背中を見て子は育つ」

というけれども、親が家庭でそれを教えている(見せている)という前提があったからこそ、教師が学校でそれをフォローすることが出来たと思っている。

親がそれをしっかりとやらなければ、教師の皆様の努力の成果も半減する。

 

改めて子育ての難しさを痛感した。

しかし、子供がしっかりと成長するためには親の成長は欠かせない。

まず、親の生き方を手本として見せられるよう親である私自身が変わること。

これを自分自身を再度戒める意味でもやっていかねばならないと思う。

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2008年2月 7日 (木)

ひき逃げ!?

先日、2月4日、長男の帰りが遅いと家内が見に行ってみると、降りしきる雨の中、なんと赤いライトがクルクルと田圃道の中で回っていたらしい。

一目でパトカーとわかるそのライトの数は4台。

彼女は咄嗟に我が子がそのちょっとした群衆の中に、まさに当事者として、いることを確信したという。

さすがに母親だ。

しかし、彼女は十分落ち着いていた。

もし、考えられる最悪の事態に陥っていた場合は警察から連絡がすでに入っているはず。

それどころか、我が子が何かしでかしたのでは?、とまで考えたというのだから恐れ入る。

 

そんなことを考えながら近寄ってみると、思った通り、いたいた、我が子が泥んこになって立っていた。

どうも前から走ってきたバイクと接触し、はずみで田圃に落ちたらしい。

 

余談だが、我が家は団地と言えども、専門家的に言うと、市街化調整区域という都市計画法上のカテゴリーに立地している。

これはいわゆる「市街化を抑制する地域」である。

だから、大規模開発の住宅地でも、団地を抜けるとほぼ間違いなく農地が広がっている。

 

そこで野球のユニホーム姿の中1の長男は田圃にうつぶせになっているところを通行人(すごくいい人)に発見され、警察に通報してもらったという。

発見者は一瞬息子が死んでいると思ったらしい。

当の本人は、ショックで体に力が入らず、おまけに田圃が雨でぬかるんでいて起きるに起きられず、本人曰く、仕方がないので、そのままうつぶせになっていたということ。

この「仕方がないのでそのままうつぶせになっている」ような息子が実は可愛くて仕方がない。

 

接触したバイクはそのまま逃走したらしい。

息子はと言うとおかげさまで少々足が痛いと言いつつ、無傷であった。

無傷とはいえ、これも立派なひき逃げ事件だという。

もちろん、そんな犯人は許せない。

こんな事件が僕らの知らないところでいくつも起こっているのだろう。

無防備な子供たちに万一のことがあったらどうするつもりだ!

 

自転車は一旦押収され、着ていた服は警察の許可があるまで洗えない。

なぜなら接触した部分に犯人のバイクの塗料とか着ていた服の繊維が付着している可能性があるということ。

でも結局何も出なかった。

残念ながら雨が全てを流してしまったようだ。

 

それで翌日から張り込み。

犯人のバイクは大きめでライトは丸型。ハンドルはまっすぐのものでいわゆるアメリカンスタイルのものではない。

フルフェイスのヘルメットをしていたという。

田圃道でパトカー2台、警官4名がライトを消して検問。

その後ろの車で控える僕と息子。

山から吹き下ろす冷たい風の中、田圃の中じゃ犯人どころか、通る車もなかなかない。

 

と思った瞬間、向こうから丸いライトのバイクが近寄ってきた。

こちらに気づく様子もなく近づいてくる。

おもむろに赤いスティックのライトを付けてそれを止める警官。

それに気づき、警官の遥か手前で急停車するバイク。

駆け寄る警官。

おかしい!犯人か!?

僕と息子からは暗闇の向こうで警官とバイクがどんな状態になっているかがわからない。

もめているのか?

緊張が走る!

でも犯人じゃないならどうしてあんな手前で停車したのか!

待つこと5分・・・

バイクの少年が二人、こちらに歩いてきた。

バイクは原付。

どうやら犯人ではない。犯人はもっと大きなバイクのはず。

え?原付?・・・ふたり?

二人乗りをしていて突然警官が出てきたからビビって停止したようだ。

人騒がせな・・・。

 

結局、2日間の張り込みで犯人は捕まらず、それに付き合わされた長男は今日、風邪で学校を休んだ・・・(^^;

 

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2008年1月21日 (月)

アメリカ?

大統領選挙の予備選挙で大いに盛り上がっている(?)らしいアメリカ。

20世紀の「冷戦」という言葉もすでになく、今後急成長している中国などとうまく付き合っていかなければいけないアメリカ。

サブプライムローン問題で世界に経済的ダメージを与えているアメリカ。

そんなアメリカに長男が急に「行きたい」と言い出した。

それも中学の内に行きたいと言う。

理由は・・・

 

「ハンバーガーを思いっきり食べたい」らしい・・・(-.-;)

 

人間、何がきっかけで世界に目を向けるのかわからないものだ。

土曜日にはプロ野球選手の自主トレに参加させた。

目の前でオリックスの濱中選手が両翼100mのアグリあなんスタジアムの外野席にポンポンと打球を放り込むのを見てかなり刺激を受けていた。

外野でプロ選手の打球をキャッチして感動していた。

早速昨日はお年玉でmyバットをスポーツ用品店で購入してきた。

親の言いつけ通り「グリップがしっくりくるもの」を選んできたという。

きっといろいろなものが刺激的に心に入ってくる年頃なのだろう。

 

ハンバーガーでもいい・・・と思った。

 

テストで学年10番以内に3回連続で入ったら連れて行ってやる、と言ってしまった。

勉強は自分との闘い。スポーツは他人に勝たねばならない。

自分に勝てない人間は他人になど勝てない。

だから勉強で結果を出すことは大切だ、というのが僕の持論。

 

彼の数学と英語は常に満点に近い。

きっかけはなんでもいい。

自分自身の成長を目的に、目標を持って進むことをしっかりと教えて行かねばならないと思った。

親は子供の頃、できなかったことを子供に要求する。

後ろめたさがないわけではないが・・・。

 

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2007年5月19日 (土)

打ちっ放し!

と、言ってもゴルフの心得は全くない。

我が家では「打ちっ放し」はバッティングセンターのことを言う。

 

今日は久々に長男と次男を連れてバッティングセンターに行った。

もちろん、プリペイドカードはそれぞれ自分の小遣いで買う。

お金の上手な使い方を考えさせねば・・・とか、

親を頼るな・・・・とか、

パパからお金を取らないで・・・とか・・・

それなりに思惑がある。

 

ところで威勢良く「今年はチームの首位打者を取るぞ!」なんて言ってたパパは現在20打数1安打。

打率五分!.050

こんな打率があるのかと思う。

思えば愛すべき阪神タイガースが9連敗中、アンディ・シーツ選手が26打数1安打(だっけ?)。

主力がこのような打率ではチームは勝てない。

我がチームもまだ今年は1勝である。

その唯一の勝ち星はパパが投手として取っている。パパが投げて負けはまだない。

 

子供目線で物事を考えてみる。

「プロ野球選手になりたい!」

と真剣に思っている今の年頃の息子達。

自分もこういう時期があった。

「大人になるということは何かを諦めていくことなのかも知れない」

と思ったことがある。

でもそれは間違いだと思った。

「大人になるということはチャレンジし続けるということ」だ。

それは子供の頃から変わってはいけないものだったんだと思う。

小学校4年の次男は体が小さいのにパパに似てバッティングの構えが大きい。

右投げ左打ちというところも一緒だ。

この子らも父親の背中を見て育ってるのかな。

いつの間にか背中を見られている自分に驚く。

 

彼らは必死にボールを打とうとバットを振ってる。

スイングが波打って、ボールの勢いにバットが押されても前に飛ばそうと振り続ける。

フォームがどうとか、当たったとか当たらなかったとか、そんなことはまだどうでもいい。

その必死さの向こうに夢が必ずある。

野球でなくても、何でもそうだよ、きっと。

 

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2007年5月 5日 (土)

I am a father

ゴールデンウイークもそろそろ終わりですね。

結局ずっと仕事してました。

明日は最後の日だから子供を連れてGW恒例のコナンくんの映画を観に行く予定です。

いつの間にか上の子は中学生なんですよ。

ちょっとがっちりした体でね、今日は友達とスパイダーマン3を観に行ったみたい。

下の子はまだまだ小さくてね、座敷童子のように家の中をヒタヒタって走ってる。

カワイイよ、すごく。

 

子供の頃は(今も、かもしれないけど)「闘う」という意味がよくわからなかった。

尾崎の歌とかにもよく出てくる言葉でしょ。世の中の何と闘うのか・・・

漠然と感覚みたいなものではわかってるつもりだったけど・・・

 

世の中に認められてお金を稼ぐこと?

自分の夢を叶える為に逆境に向かっていくこと?

何なの?

って感じで。

 

でも今はね、ちょっと感じる。

結局、人は自分と闘わねばならないんだろうね。

それが子供や家族を守ることに繋がったり、自分の夢を叶えることに繋がったり。

さらに視点を家族の中の自分から日本という国に存在する自分や人類の中の自分にどんどん拡げていくと見えなかったものが見えてくる。

例えば、地球温暖化問題、食糧難、水不足・・・。

家族の中の自分の役割があるように日本人としての自分の役割、地球人としての自分の役割がきっとあると思う。

そしてそれを次世代にいい形でバトンを渡していかなきゃいけない。

 

もし、子供がホントに親の背中を見て育つのなら、僕はこういう問題にも真剣に接していかなければならないと思う。

もちろん、自分の人生をいいものにするための闘いも含めてだけどね。

人は受け入れる勇気と乗り越える勇気を持っているから必ず僕にもできるはずだと思ってます。

 

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2007年3月 6日 (火)

勉強になったこと

先日、長男が新中学1年生として塾に通い始めました。

と、言っても幼稚園年長クラスのときから去年の8月までは繰り返し学習で有名な某学習塾に行っていたのですが、それだけの勉強に疑問を感じたので独学で「力の5000題」という問題集をさせていました。

当初の約束通り、彼は2月でその問題集を終え、新たなスタート(?)を切ったわけです。

入塾にあたって先生から戴いた書類にこんなことが書かれてたんです。

「志望校に入るための3カ条」(みたいなもの)

1.部活動は必ずやってください

2.本を読むことを習慣付けてください

3.塾を休ませず、宿題は必ずやってきてください

見事だと思いました。

これって社会人としても必要なことですよね。

自分勝手に解釈すると、

1.趣味は必ず持つこと

2.常に知識を得ること

3.継続すること

簡単に言うとこういうことだと思っています。

改めて勉強になりました。

 

さて、長男ですが、

最初は不安でいっぱいだったんだろうな~。

特に新中1は早い生徒で2月から通っているようです。

ドッジボールの四国大会が3月4日だったので入塾を1ヵ月遅らせたんですね。

勉強の1ヵ月遅れって大変です。

自分のために用意された机の上に並べられたプリントには中学で習うことが書かれてました。

 

さてさて3時間後、迎えに行く時の僕は、

てっきり付いていけなくて落ち込んでる彼の姿を想像しながら、

また、なんてフォローしようと思いながらハンドルを握っているわけです。

 

ところが彼は、「ほとんどわかった!」と余裕の発言。

独学でやった問題集が間違ってなかった。

すごいのは彼がそれを自分でスケジュールを立て、予定通りやりきったこと。

一段と頼もしく見える長男と話しながら、

パパもがんばろう!

と思えるのです。

世の子供諸君、君たちは親から見たらヒーローなのだよ!!

 

 

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