2008年2月18日 (月)

小学生の頃って

昨日は日曜日。

一日中といっていいほど久しぶりに読書にふけっていた。

難しい本はあまり読まないんだけど、最近アマゾンで6冊もまとめ買いしてしまったものだから。

 

そのうちの1冊を読んでいるうちについつい小学生の頃を思い出した。

僕は結構自分で上品だと思っていたけれど、思い起こしてみると決して上品な部類に入る少年ではなかったようだ。

  

考えてみるととんでもない遊びをやっていたものだ。

僕は小学生の頃は小松島市というところに住んでいた。

そこはいまだに田園風景が残っているところだけど、今みたいに田圃の真ん中を横切る道路は広くなかった。

ホントのたんぼ道。

横には用水が流れていた。

それを僕らは立ち幅跳びの要領で飛び越えるのである。

 

女の子たちはゴム飛びなんてやってたけど、そんなリスクのない遊びを僕らは好まなかった。

一つ間違えば用水に落ち込む。

そのスリルがたまらなかった。

ルールも何もない。

いじめなどはなかったが、ターゲットにされると容赦なく邪魔される。

用水に落ちると全員が手を上げて喜んだ。

落ちた子も笑っている。 

 

あるときは特別な鬼ごっこをやった。

普通の鬼ごっこなら鬼にタッチされることによって鬼が交代する。

僕らはスリルを好む集団だったのでそんな鬼ごっこはやらない。

それじゃ、女子のゴム飛びと同じなのである。

 

僕らの鬼ごっこの鬼は犬のウンチを擦り付けた小枝を持っていた。

それを持って追いかけてくる。

しかもそれを投げつける。

当てられたやつが次の鬼になる。

これはマジでヤバイ。

 

高校時代に流行った「Dr.スランプ」のアラレちゃんが「勇気の人差し指」という技でウンチ君に「ツンツン」とやっていたが、僕らはその10年ほど前から小枝でツンツンやっていた。

僕らのウンチ君は笑わないし、可愛くなどない。

もちろん僕らの人差し指には勇気などもない。

従って、鬼になったときの気の滅入りようったらない。

一刻も早くその枝を誰かに渡したいのだ。

想像していただきたい。

かなりマジなしかもハイレベルの鬼ごっこを。

鬼に追いつめられたときの絶望感を。

 

でもそんな僕らだから毎日のように親に怒られたか、というとそうでもなかったと思う。

せいぜい「気を付けなさいよ」と言われるくらいだったはずだ。

今の親にはない寛大さに改めて驚かされる。

その寛大さに感謝しながも今日洗濯してもらったシャツにウンチが付いていたとは口が裂けても言えないと子供心に思っていたものだ。

 

それだけ今の世の中が親の手に負えない危険が渦巻いているのだろう。

 

川でフナを釣ったり、田圃のワラで基地を作ったり、ジャイアント馬場の真似をしたり、自転車で暴走族のようにみんなで走ったり。

常に友達4~5人は連んでいた。

なつかしいな~と思った。

 

残念ながらこの田園風景広がる徳島でも今やそんな遊びをする子供たちはいない。

今の子供たちには小枝にウンチを擦り付ける勇気よりも、テレビゲームで残り少ない弾薬を持ってゾンビの集団の中に突っ込んでいく勇気こそが求められる。

大らかさがなくなってきていると思うのは僕だけだろうか。

 

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2007年4月 7日 (土)

たまたまだけど

「世界の中心で愛をさけぶ」のDVDを見た。

以前にWOWOWか何かで録画してたやつ。

そういえばこの原作本、上海のホテルで夜読んだな~。

すごく泣いた。で、映画を見に行った。

 

古いって?

長渕も歌ってるじゃん。

♪古いか新しいかなんて間抜けなもの達の言いぐさだった

♪俺か俺じゃねぇかでただ命がけだった 

よく、原作の方がいい、とか、映画の方がいい、とか、いろいろ言うやつがいる。

そういう意見を聞く度、他に感想ないのか~って思ってた。

批評家になっても何も生まれないでしょ。

本は場面を自分なりに想像できる楽しさがある。

映画は本じゃ見えない風景や感情が見える。

良さを探せないのに語るな!っちゅうの。

 

ところで、この映画・・・。

やっぱり泣けるわ。

 

誰もが過去の自分とその風景や匂いを覚えていると思う。

でも、その人がこの世にいないってマジ悲しい。それをも超越してる。

 

会いたい人っていないですか?

過去に戻ってもう一度あの時みたいに一緒に過ごしてみたい人。

僕はいるな~。

この映画見ててそう思うワ。

あの時の僕は何を考え、何を夢見てましたか?

 

 

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2006年9月25日 (月)

京都に行って来ました

そうそう京都に行って来たんですよ。23日。日帰りですけどね。

立石家の墓が京都にもあってね、お彼岸だからって。

徳島では墓参りは毎月行ってますけど、京都の方は行ったことがなかったから。

 

でも久しぶりだったけどホント「雅(みやび)な」って言葉が似合う街ですよね。

6年半、住んでたけど、そのときはそんなに思わなかったな。

僕がいたころは川端通りが三条通りまでしかなくてね、鴨川は主に河原町側からしか見えなかった。

知ってます?

鴨川は出町柳(川端今出川)から下流を言うんですよ。この出町柳で高野川と賀茂川が一つに合流しているんです。で、そこからが「鴨川」。

で、母がそういう風流を楽しむのが好きな人で、だから左京区の伯父のところに行くのに川端通りを五条からずっと通って行ったんです。

雅だね~なんて言いながら・・・。

 

6年半も住んでいたし、19才から26才までいたからね、いろいろ思い出もあります。

学生の頃、大好きだった彼女の家のそばを通ったり、デートした店がまだあったりとホントにいろいろな感情がわき起こってきました。

これって親父心理なんですかね。

徳島に帰ってきて17年。年も取ったしな~なんて考えながら。

でね、鴨川といえば、かぐや姫の「加茂の流れに」っていう歌、大好きだったんですよ。

それが頭の中に流れてきてね。

で、徳島に帰ってきて録画していた「拓郎&かぐや姫、つま恋コンサート」見てたらそれ歌ってたの!すごい感動した!

このコンサートは31年ぶり。

2みんな思い出に出会ってたんだ~なんてビール飲みながら思ってましたよ。

ゆっくりと時間を取って京都にまた行きたいです。

 

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