2011年9月 1日 (木)

不思議な商売

僕の事務所から徒歩2分ほど。

県道沿いの角地にその店はある。

徳島ラーメンでかなり有名な店だ。

 

しかし、この店、不思議なことに小さな子供は入店を拒否される。

つまり小さな子供がいると家族連れでも入れないのだ。

 

以前、弟がここで食事していると小さな子供を連れた家族が入ってきたらしい。

すると店主が

「うちは子供連れはお断りなんですよ」

と言って追い返したらしい。

 

どうやら、

食事に時間がかかる、

残す、

手間がかかる、

といった子供はダメなのだ。

 

お父さんが子供に

「あかんらしいわ」

と言い、

子供が

「食べれんの?」

と言いながらその親子は帰っていったとか。

 

内心、弟は憤慨したようだ。

せっかく子供は楽しみに来ているのに。

 

僕もその話を聞いてからその店には行かなくなった。

人にも紹介しなくなった。

 

 

僕は僕で自分の仕事でお客様が選んだ建築業者に困ったことがあった。

通常、

土地を買う → 家を建てる → お客様が幸せに暮らす

という順序で、

最後の幸せに暮らすためにお客様はまず土地を買い、家を建てる。

だから、僕の仕事は幸せな暮らし作りの第一段階を任せられていると考えている。

そのために大切なことはまず安心して土地を買って頂くこと。

安心して頂くために前もって不安な点を解決してあげること。

不安な点を解決するために十分な調査をしておくこと。

と、こういうふうに前倒しで物件や売主様の状況を調査しておかねばならない。

そして、第2段階の建築業者様にお渡しする。

 

なのにこの建築業者、

やたら不安を煽る。

土地取引に首を突っ込み、結局買主様の不安を煽るだけ煽り、そのツケを不動産業者に回してくる。

例えば、

フラット35(住宅金融支援機構の住宅ローン)の窓口銀行をこちらでご紹介しても、

「その銀行がフラット35を融資実行するまでに潰れたら家は建てられずにローンだけが残る」

なんてことを平気で言う。

 

「銀行が潰れる前におまえの会社が潰れるだろ!」

と言いたいところをグッとこらえる。

当然、建築業者を信頼しているお客様は不安で不安でしょうがなくなる。

 

おかしいと思いませんか?

何のためにこのセリフを言うのだろう。

 

 

商売って何を売るのだろうか。

業種業者は多々あるけれど、ただ売って終わりなん?

 

ラーメン屋はラーメンを売るだけ?

不動産屋は土地を売るだけでいいのかな。

売れればそれでいいの?

 

誰もが自分や家族のために始める商売だろうけど、

世に認められ、

末永く商売を続けるためには

「うちはおいしいラーメンを売ってるから客は他にもいっぱいいる」

と、ともすればそんな形に見られてしまうような営業でいいのかな。

お客様に不要な不安の種を巻いて、自分が何とかできるわけもないのにそれで信頼を得られると思っているのかな。

 

それが良いとか悪いとか、僕には判断する権利などないけれど、

少なくとも自分と関わってどれだけのお客様が幸せになってくれたのか、

そこを自分の商売のバロメーターにしたいなと思う。

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2011年5月26日 (木)

友からの電話

懐かしい友から電話を戴いた。

 

普通なら元気な声で

「おーっ!元気か?久しぶりだな」

くらい言いそうなものだが、

「大丈夫だったか?」

と思わず聞いてしまう。

 

福島県いわき市在住のN氏。

震災直後から自宅に電話をしていたものの

ずっと連絡が取れなかった。

 

当初は電話不通。

それからは電話は鳴るようになったもののいくら電話しても誰も出ない。

ついには先日手紙を書いてみた。

それで今日の電話。

 

元気で良かった。

 

毎日メディアで流れてくる被災地の情報や原発のニュース。

想像以上に大変なのはわかる。

しかし、身に染みるような大変さは正直なところ四国に住む僕は理解していなかった。

 

被災地で瓦礫処理などをしている彼からの電話ではそれが伝わってきた。

状況がイメージできるだけでなく、臭気や澱んだ空気の重さまで。

その内容が重くのしかかる。

 

「できることがあったら言ってくれ」

 

簡単に言ったものの、

被災地の現状や実際そこで生活をする友の毎日を思えば

なんて虚しい、無責任な社交辞令、そして失礼な言葉を言ってしまったのだろう、と

後悔すると共に

現実と戦っている彼らと、

どこか対岸の火事に感じている自分があまりにも違いすぎ、

ひょっとして助けてもらわねばならないのは

この自分の方なのではないか、

とさえ思えてきたのである。

 

自分にできること・・・、

簡単そうで難しい。

でも取り組まねばならない。

 

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2011年3月19日 (土)

できること

3月11日、東北を中心に大地震が起こり、大津波によって多くの死傷者が出た。

自分にとっては、あの9.11以来の衝撃・・・。

町を、人を、巨大な波が飲み込んでいく。

あまりにも悲惨で、あまりにも悲痛な大災害。

自分の無力さ、小ささを痛感するとともに

自然の猛威がとてつもなく凄まじい勢いを持って押し寄せてきた。

 

明日は我が身、我が愛する人たちを呑み込むかも知れない恐怖。

他人事ではないのだ・・・

 

世界各国から救済の手が差し伸べられている。

世界の多くの人たちがこの災害に胸を痛めている。

今こそ日本人一人一人が考え直さなければならないときかも知れない。

 

「自分たちにできること=自分たちの存在意義」

 

人はそれぞれ使命を持って生まれてきているのではないだろうか。

僕の使命は・・・それを考えずにはいられない。

 

今日、母校の野球部が史上初めて甲子園の土を踏んだ。

僕の長男がその中で初めてマウンドで投げた。

奮えるような感動が起こった。

Koshien

彼らは彼らの人生を一生懸命生きることでその役割を全うしている。

だからセンバツは中止にならなかったのだと思う。

彼らはそのプレーを通して多くの国民に勇気を与える。

野球だからこそできることがある。

(ただし、残念ながらそれは高校野球に限ってしまうと思う)

 

東北高校を多くの被災者が応援するだろう。

そのときだけプレーに一喜一憂し、

一時でも悲しみを忘れ、

強く生きていこうと希望の光を見出すと思う。

だからこそ今回のセンバツ開催は意義がある。

 

まずは自分の人生に真剣に向き合い、

できることを必死でやること。

それが今の自分にできる最大の貢献なのだと後輩たちは教えてくれる。

 

がんばれ日本!!

 

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2010年3月 4日 (木)

権利? 義務?

私たちは誰でも何かしらの権利と義務を持っている。

でも、最近、権利ばかり主張して義務を履行していないような状況を目の当たりにしたりすることがある。

 

例えば、車の運転もそうだ。

信号のない交差点で車1台分の車間距離を取ってもらえれば、右折車は停滞することなく右折することができる。

道路には優先道路というものが存在する。

直進車は右折車に対して優先だ。

しかし、優先という権利を主張する前に、交通を円滑にするための義務がある。

 

同じように、社会でも、個人の権利を叫ぶ前に社会人としての義務を果たさなければならない。

 

経営者としての権利を振りかざす前に経営者としての義務を、雇われた者も同様である。

 

それぞれが権利を主張する前に、義務に目を向ければ世の中はもっともっと良くなるはずだ。

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2010年2月 2日 (火)

気が付けばもう2月

今年になって初めての更新である。

更新できない日々を考えれば、なんと不毛な毎日であったのか、と思ってしまう。

書くことすらない毎日。

その間、クリスマスも正月もあったのに。

きっと息子たちの受験のせいであろう。

 

しかし、次男の中学入試体験は父親の僕にとっても貴重な体験であった。

長男の高校入試など、すでに手に負えないが、

次男の中学入試の算数や国語くらいなら何とかなる。

 

中学や高校の入試で最も大切なことはもちろん合格することだが、

入試に向かう日々の時間の中で、いかに教えるべき事を教えられるかだ。

 

入試が卒業式前にあるせいか、ともすれば、合格したときにゴールに入ったような錯覚を覚える。

しかし、紛れもなくそれはスタートである。

 

受験勉強をしている子供の傍らで親として教えることは、

次への準備を日々やっている人が目標を達成する人である、

ということだと(勝手ながら)思う。

 

まだ社会の仕組みもわからない子供に「将来何になるのだ?」と聞いても具体性はあまりないだろう。

それよりも、「将来こういう仕事に就きたい」と思ったときに、そこに向かって頑張れる人間になれるよう教えることだと(これも勝手ながら)思う。

 

受験勉強期間は親も考えなければならないのだとつくづく思った。

 

ところで、ずっと以前に辻仁成著「サヨナライツカ」がその奥方の中山美穂主演で映画化されるという話を書いたことがあるが、今更ながら、それは事実で見事なまでに彼女は美しかったと思う。

ストーリーには素晴らしく引き込まれる部分があるが、46才にして、いまだに硬式野球などやっているおじさんには無縁の世界だ。

 

その野球をやっていて、ここ数年、右目の調子が悪いとずっと思っていた。

時に打席で遠近感が掴めていないような感じさえしていた。

それが自分の写真を見てわかった。

右目の瞼がかなり下がってきているのである。

眼瞼下垂・・・老化やコンタクトレンズの長期間の使用が原因でなるらしい。

僕は19才から42才くらいまでハードコンタクトを使用していた。

それらしい。

僕は左打者なので右目が効き目である。

鏡に映った自分は毎日見ているからわからなかった。

手術という名がつくものを初めて受けることになった。

 

子供の入試から大きく話が変わってしまった。

2010年も、もう2月なのである。

 

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2009年7月11日 (土)

仕事とは?

「何のために仕事をするのか?」

以前、とくしまアントレプレナー塾主催の就職活動セミナーの模擬面接官をさせて頂いたとき、学生に尋ねた言葉である。

社会に出る直前の彼らに聞いてみたかった。

 

生活のため?

お金のため?

夢を叶えるため?

答はいろいろあると思う。

僕の答は単純だった。

「幸せになるため」

である。

 

そのための手段として今の仕事がある。

では、その仕事で幸せになるためにどうすればいいのか?

「お金を儲ける」

???

ここから入ると少々違ってくる。

 

「仕事は人生の砥石である」

と誰かに言われたことがある。

僕もそう思う。

 

まず大切なことは、

その仕事でお客様に

「幸せになって頂くこと」

だと(勝手ながら)考えている。

自分が仕事で幸せになるためには、まずお客様に幸せになって頂くことである。

そこにプライドを持った仕事をせねばならない。

精一杯お客様が幸せになるお手伝いを、自分の分野(職種)でがんばること、それが大切だと考えるのである。

幸せなお客様が増えると商売は間違いなく繁盛する。

利益は幸せの対価であり、その報酬である。

結果、お金は入ってくる。

 

もちろん、いいことばかりがあるわけではない。

また、正直言って、いいお客様ばかりが来て下さるわけでもない。

でもそういう時はチャンスである。

それは人生の砥石として自分磨きの材料にするのだ。

 

売ればいいというわけではない。

買ったお客様が幸せになって初めてお客様の中で僕の仕事の意味が出てくる。

 

世の中には、

お金を儲けてさえいれば成功していると思っている方が非常に多い。

それは全く否定しない。

ただ、自分の考えはそうではない。

 

お金が先に立つと人間的には貧しくなる。

仕事は砥石ではなくなってしまう。

そして、そういう人たちの多くがそれに気付いていない。

商売も繁盛ではなく、一時の栄華で終わってしまうことも少なくない。

もちろん、人も集まらず、裸の王様になることもあるだろう。

 

仕事の成功者に定義があるなら、仕事=ビジネスである以上、お金はなければならないだろう。

しかし、お金があるだけでは成功者ではないと思う。

何もお金儲けを否定しているのではなく、それはそれで大切なことなのだが、その過程で何に目を向けるかによって生き方が、つまり人生の質が変わってくるということなのだと思っている。

 

不動産を購入されるお客様の多くは少なくとも1000万円以上のローンを組まれる。

それを何十年も支払われる。

そして、それを決断される場には僕が必ずいる。

そのことの大切さを忘れてはこの商売はできない。

また、売却されるお客様も大切な資産を売却されるのである。

長年お住まいになった家や所有されてきた土地にはいろいろな思い出や思い入れがある。

それを無視してただ売ればいいというのでは寂しい。

 

売られるお客様も買われるお客様も幸せになって頂かなくては僕の存在価値は薄れてしまう。

まだまだ反省点ばかり多い僕だが、そんなことを常に忘れず仕事ができるような人間になりたい、と思う。

 

 

世の中は不景気だ。

良いことばかり言っていられない、と言う人もいるが、

こんなときこそ理念を忘れてはいけないと思う。

ピンチの中にチャンス有り。

 

友人がブログに書いていた。

ルパン3世はピンチの時にこう言うそうだ。

「さぁ、おもしろくなってきたぜ!次元!!」

こんな時代に勇気をもらう言葉である。

 

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2009年6月26日 (金)

気になる

最近すごく気になる・・・。

 

 

 

 

檀れい さん。

  

 

 

 

ついついテレビに釘付けになってしまう。

ついついにやけてしまう。

ついつい金麦買ってしまう。

 

そこに情熱注ぐ時じゃないのに   ε-( ̄ヘ ̄)

 

でも気になる。

 

もう夏やな~。

 

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2009年3月 6日 (金)

さすがにヤバイかも

酒は好きである。

辛いものも好き。

中国に仕事で行っている頃は結構火鍋とか四川料理も好んで食べた。

中国の白酒も好き。

ビールや焼酎なら毎晩飲むし、(最近はほとんど行かないが)飲みに出ていくのも好きである。

 

ところが最近はまっているのが「チョコ」。

それも「ロッテガーナホワイト」

P1030875  

もともと甘いものも大好きである。

京都にいた頃はみたらし団子や八つ橋もよく食べた。

徳島市渋野町にある「菓子工房47」のケーキもよく食べる。

ケーキ一筋、パティシエの美馬氏は高校時代の友人である。

ここの「夢見るチーズケーキ」は絶品だと思う!

 

さて、チョコだが、基本的に「ガーナ」「クランキー」(ロッテ)、「ストロベリー」(明治)は好きである。

しかし、今までホワイトチョコは論外であった。

甘いだけ、というのが僕の考えである。

それを覆したのがこの一品。

さすが、ガーナ。

さすが、ロッテ。

である。

 

近所のローソンにはあるのに、最も近いコンビニ「ファミマ」には置いてなかった。

そこで取り寄せてもらった。

 

今日も至福の板チョコ1枚を頬張る。

 

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2009年1月28日 (水)

腹まわり

正月は食い過ぎていない。

どちらかといえば飲む方だ。

野球のユニホームを着ていると

「そんな年に見えない」

とよく言われる。

イチロー選手が言っていた。

「腹が出てきたら引退する」

と。

そこに確実に近付いていることをベルトが窮屈そうに教えてくれる。

 

毎年そうだが、寒くなるとごはんがおいしくなる。

鍋物は特にヤバイ。

妻は我が家の鍋奉行である。

ビールもごはんも進む。

天敵だ。

 

日曜日に久しぶりにトレーニングをした。

長男の野球練習を見る傍ら、隣のグランドを走ったりした。

太股の裏がつりそうになった。

情けない・・・。

 

この冬の目標はダイヤモンドを1周、全力疾走で駆け抜けられるようになることだ。

某スポーツ用品メーカーのCMじゃないが、今もダイヤモンドが僕を呼ぶ。

しかし、それには程遠いことを知る。

年齢の壁は厚く、かつ、高くそびえ立つ。

 

しかし、どうしても走れるようになりたい。

「おっさん」にはなりたくない。

この想いは切実だ。

おっさんの、おっさんによる、おっさんらしくない野球をやっていたいのだ。

 

そんなおっさんは今日もチャレンジする。

 

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2008年12月30日 (火)

仕事とは?環境問題とは?

久しぶりの「独り言」です。

 

さて、いよいよ2009年を迎えるに当たって、

決意を新たにする意味でも仕事とは何かを自分に問いかけることにした。

 

仕事とは何のためにするのか。

もちろん家族を養ったり、自分の夢を叶えるためのお金を稼ぐ、その手段である(と思っている)。

 

では、そのお金を稼ぐために何をするのか。

僕は不動産業を選んだ訳である。

 

では、不動産業を選ぶと、家族を養ったり、自分の夢を叶えるためのお金が稼げるのか。

答はNOである(と思っている)。

つまり職種で人生は決まらない。

 

僕はお金は後から付いてくるものだと思っている。

しかし、「お金はどうでもいいんです」みたいなことは思ってはいない。

 

僕の仕事の利益はいわゆる仲介手数料から生まれる。

この「手数料」という言葉で、ごく一部のお客様は「負けてもらって当たり前」のように思っておられる節がある。

もし、「あなたの不動産売買についての保証料」だとすればいかがだろうか。

 

不動産業者、特に僕のような宅地建物取引主任者は個人の署名と押印によって、「重要事項説明書」というものをお客様に交付せねばならない。

この書面には売買対象不動産についてのあらゆることが調べられ記入されている。

その不動産の性格を記入してあるのである。

ここに落ち度があれば、業者(つまり会社)ではなく、その主任者個人が罰せられ、損害賠償の対象となる。

 

売主様にとっては「あなたの代わりに」、買主様にとっては「あなたが大金を出して購入されても安心できるように」、主任者が「売買価格の3%+6万円(税別)」という「安心保証料(仲介手数料)」で仲介するのである。

 

しかし、ここで言いたいのは「だから仲介料ってその内容の割に安いんですよ」などということではない。

それだけの責任を持って、しっかりと売主様や買主様のために仕事ができているのかどうかを常に自問自答しなければならないのだ、ということである。

 

何のために不動産を売るのか?

(僕なりの)答は「お客様に幸せになって頂くため」となる。

売主様は何かの事情(もしくは理由)があってお持ちの不動産を売却しようとする。

買主様はご商売のためやご家族のためのマイホームを建築されるために不動産をご購入しようとする。

売買した後でトラブルになったりするのは以ての外。

「売って良かった」「買って良かった」とならなければ僕たちの仕事の意味がないのである。

お客様の幸せのために不動産という部分で関わらせて頂き、その部分では精一杯仕事をさせて頂くこと。

そして、お客様に(できれば)「ありがとう」と言って頂けるような仕事をして手数料を頂戴する。

そうすることによって社会に貢献でき、子供に仕事を誇ることができ、家族を養っていけるのではないか、と愚直なまでに信じている。

お客様の「ありがとう」が増えれば増えるほど、僕も幸せになれると思うのである。

 

今朝の某テレビ番組で、リストラされた人と某外資系証券会社の人が討論をやっていた。

僕個人の意見で言わせて頂くとリストラされた人には申し訳ないが「単なるひがみ」にしか聞こえなかった。

所得の高い人はそれなりに税金も払っている。それは社会に貢献していると言うことだ。

ちなみに脱税などは極めて悪質な反社会行為で、社会に対する裏切りである。

節税は良いが脱税はいけない。

 

一概に言えることではないと思うが、

テレビに出ていたような外資系企業の金融マンなどは今まで人一倍勉強もしてきただろうし、自己投資もしてきたと思う。

会社を大きくし、法人税を払わせ、多くの社員が働ける会社に成長させ、そこで家族を養う環境を作ってきたのである。

もちろん、決してマネーゲームのような金融市場を推奨しているわけではない。これは断じてない。

ただ、資本主義の世の中でその波にのまれ、残念ながら現在生活に困窮した皆様が「お金儲け=悪」のような言葉を口にし、彼らを責めても、それは単なる負け惜しみにしか聞こえない。

多くの企業は、社会還元として、恵まれない子供や病気の人たちに貢献している事実もある。

全ては自己責任なのではないかと思う。

もちろん、そういう僕もいつ時代に波に飲み込まれ、家族と共に路頭に迷うことになるかも知れない。

だからこそ利益のみに走らず、理念を高く掲げ、自分の人間力を高めていかねばならないのである。

 

自己責任という言葉を使わせて頂いたが、環境問題も然りである。

僕の会社の名刺には、以下のようなロゴマークが付いている。

Stop  

僕の会社のような零細企業で「何を大それた事を」と思われる皆様もいらっしゃると思う。

しかし、僕は環境問題は「おうちの問題」と思っている。

僕の会社だけで地球規模の問題を解決できるとは思わない。

でも、タバコを平気で車から捨てるような人間にはなりたくない。

環境問題を気にしながら平気でレジ袋をもらうような人間ではいたくない。

先日、コンビニでついつい多く買い物をして、エコバッグがなく、仕方なくレジ袋をもらうと中学生の息子に叱られた。

子供の方が意識が高いのである。

 

話を戻すと、

環境問題は個人の問題、なのである。

 

僕一人がやったって、ではなく、僕一人からでも、なのである。

 

もちろん、車をいきなりハイブリッドに、とか、お風呂を2日に1回などとそんなことをすることはないと思う。

でも以前にも書いた「マイ箸」を持ったり、「エコバッグ」を持ったり、道路を綺麗に使ったりすることは誰でもできることなのだ。

そして、この地球、この国、この街を、何よりも子供、孫、曾孫に引き継いでいく責任がある。

 

タバコをポイ捨てした人、そこはあなたの子供の道路でもあるのです。

エコバッグをまだ使ってない人、そのツケがあなたの孫の生活環境に廻ってきます。

 

そう考えればどうだろうか。

おうちの問題になるのではないだろうか。

 

立派なことを書き並べてしまった。

もちろん、書きながら、自分もまだまだできていないことがあると感じた。

来年はそれを一つでも多くできる人間になりたいと思う。

自分の仕事を通じて、多くの皆様にありがとうと言われるように。

そして何よりも多くの皆様にありがとうございましたと言えるように。

 

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