« 2009年10月 | トップページ | 2010年2月 »

2009年12月10日 (木)

赤星選手の引退

プロ野球を(あまり知らずに)見ている人がよく言うこと。

「プロは全力でやっていない」

例えば、一塁を全力疾走で駆け抜けない、とか、野手が必死でバックホームをしない、とか。

 

そうだろうか。

 

テレビで映っている限り、そんなふうに見えるときがたまにあるのは事実だが、実際は違う。

年間100試合以上もやるのだ。

確実にアウトになる場合には無理をしない。

確実にセーフならば次のことを考え送球する。

実はテレビで見えない部分にこそプロの凄さがあると言ってもいいと思う。

その証拠にクロスプレーの場合は明らかにレベルが高いシーンを見ることができるでしょう?

 

そんな中、常に全力でやっているな、と実感する選手もいる。

昨日、引退した赤星選手もそのひとりであった。

 

時には、「なぜここで走らないのだ」と、

テレビの前でアドレナリンを噴出しまくったこともある私だが、

その陰には彼の選手生命を賭けたもう一つの戦いがあったのだ、と思うと目頭が熱くなった。

なにぶん、私の携帯アドレスには「hashire-akahoshi」と入っていたほどだ。

 

野球は走攻守のスポーツである。

しかし、クローズアップされるのは、やはり打撃、守備の部分が多い。

 

では、優勝するチームはどうか。

 

今年の巨人、昨年の西武、全て足を絡めて勝利をモノにしている。

特に今年の巨人はそれに長打力があるから凄かった。

 

つまり、ここ一番で勝負を決めるのは足なのだ。

1985年の阪神。

巨人戦でのバックスクリーン3連発ばかりクローズアップされるが、2番には弘田という、赤星ほどの盗塁はなかったが、同じようなタイプの中堅手がいた。

ここ数年、長打力がない阪神が勝ててきたのは、JFKをはじめとする盤石の投手陣の力が大きいのは事実だが、守るだけでは勝てない。

後ろにつなぐ、そして、一つ前の塁を狙う、そういうスモールベースボールをやってきたから得点できたのだ。

10点差でも1点差でも勝ちは勝ち。

サッカーのように得失点差もない。

盗塁30個決めれば、長打が30本増えるのと同じである。

それをやってきたのが赤星選手である。

  

偉大な選手だと思う。

 

彼の引退は本当に衝撃的で残念でならないが、本当に残念に思うときが来るとすれば、来季の阪神で盗塁数が激減したときであろう。

ぜひ、主力の鳥谷選手や若手の大和選手には2桁盗塁を期待したいし、彼らだけでなく、全員で赤星選手の足を埋めてもらえれば、阪神は間違いなく優勝争いに絡んでくるだろう。

 

赤星選手の魂をぜひ引き継いで頂きたいと心より願う。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月 6日 (日)

プロの指導

12月5日。

朝から良いことが起こりそうな気配。

6 バイクのメーターに「7」が並んだ。

 

 

 

 

マスターズ甲子園を目指す、私たちは、阪神タイガースのスタッフに直接指導を受けるという非常に贅沢な時間を戴いた。

ご参加頂いた皆様は次の通り。

  平田勝男二軍監督

  島田宗彦二軍バッテリーコーチ

  遠山奬志二軍育成担当コーチ

  町田公二郎二軍打撃コーチ
 

平田監督にネット裏から指導を受け、町田コーチには直接トスを上げて頂き、遠山コーチの投げて下さったボールを打つ。

島田コーチはブルペンで投手陣のボールを受けて下さり、私たちにノックをして下さった。

http://jonan-bbc-ob.betoku.jp/

 

1985年、日本一のタイガースのショートを鉄壁の守備で守り抜いた平田監督。

当時、最強の箕島高校(和歌山)の捕手。甲子園で数々のドラマを作った島田コーチ。

苦難を乗り越え、松井キラーとして復活した遠山コーチ。

代打本塁打日本記録を持つ町田コーチ。

 

考えただけでも鳥肌が立つ。

野球界のTOPに君臨した男たちである。

 

その人たちに直接指導を受けられる。

しかも、指導だけでなく、投げてもらえる、受けてもらえる、である。

 

もちろん、中学3年の息子も参加させた。

高校に入ればプロの指導は受けられない。

1 (平田監督から直接指導を受ける長男)

 

 

7 (平田監督とトスをする長男)

 

 

ブルペンでは島田コーチに投球を受けて頂き、遠山コーチにアドバイスを受けた。

こんなことは普通はあり得ない。

 

長男とともに参加した同級生の「ぐっさん」は打撃を町田コーチから徹底指導を受け、かなり良くなった。

3 (町田コーチにトスを上げてもらう「ぐっさん」)

 

 

 

野球をするものの憧れはやっぱりプロ野球選手。

しかしそれは夢の世界で非常に遠い存在。

それが今目の前で、しかも、一緒に野球をやってくれる。

こういう環境を与えることができ、周囲の皆様にホントに感謝である。

こういうのを貴重な体験と言うのであろう。

 

もちろん、父である私もまだ夢の途中なのだ。

まだまだ負けてはいられない。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月 3日 (木)

夢に向かって

今年も残りわずか・・・。

リーマンショックなど我が人生にさほど影響しないだろうと思っていたが甘かった。

いや、リーマンショックが直接関係するかどうかはわからない。単なる仕事の怠慢かも知れない。

が、とにかく仕事的には最低の1年だったような気がする。

 

また、今年ほど体力的に衰えを感じた年はなかった。

無理もない。

impact46才なのだ。

 

その46才が真夏の球場のマウンドで、硬式野球でピッチャーをして、ヘトヘトになっても普通であろう。

それをやってること自体がスゴイなどと言われるときもある。

でも・・・・

・・・・・そうか?果たしてそうなのか?

 

『生涯現役』

 

そう思ってもいいよな。

 

来年は再びマスターズ甲子園予選がある。

前回と違って本気で勝ちに行かねばならない。

足を引っ張ってはいけない。

 

大切なのは想いの強さである。

「心技体」という言葉があるが、順序からすれば、「心体技」だと思う。

強い心が体を養い、強い体が技を持つ。

そんなふうに考える。

 

強い想い

そう思ってトレーニングを開始した。

46才には過酷な、18才なら普通の。

12月から3月までの4ヶ月スケジュール。

毎日終わる事に表でチェックすることにした。

 

4ヶ月後の自分にワクワクする。

まずは当面の敵。

忘年会に打ち勝つ強さを持たねばならないbeer

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年10月 | トップページ | 2010年2月 »