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2009年8月 4日 (火)

続・夢の結実

今朝の徳島新聞を読んで驚いた。

全国高校野球選手権大会に出場する横浜隼人高校の監督が後輩だったからだ。

この水谷監督は徳島大学付属中学時代、ソフトボール部でバッテリーを組ませて頂いた。

 

元々一塁手だった僕だが、チームに投手が一人しかいないということで投手の練習も始めた。

しかし、コントロールが非常に悪く、どこから見ても即席ピッチャーの感はぬぐえないような有様。

そんな僕に一才年下の水谷氏はいつも気持ちよく付き合ってくれたことを覚えている。

 

中学最後の大会の1回戦。

僕と水谷氏はエースと正捕手をベンチに置いて先発した。

一進一退の攻防が続き、1点リードで迎えた最終回。

僕はヒットと持ち前のコントロールで二死満塁のピンチを招く。

迎えるバッターは初回にホームランを打たれていた選手だったと記憶している。

カウント2-2からの投球は外角高めに大きく外れ、あわや大暴投。

誰もが同点を覚悟したそのときだった。

水谷氏はまるで通り過ぎていくボールを後ろから捕まえるが如く、ジャンプ一番、その暴投を捕球してくれたのだった。

おかげで二死満塁カウント2-3となったものの次のボールで三塁ファールフライに討ち取ることができ、勝利を収めると共に、僕らを信じて最後までベンチで応援してくれたエースと正捕手にも面目が立ったという次第である。

 

その後、彼とは縁があったのか、

彼が進学した徳島市立高校野球部と練習試合をしたとき、セカンドを守る僕は、レギュラーになってから唯一のエラーをすることになる。

その打球は彼の物だった。

 

その彼が激戦区、神奈川の代表となり、甲子園の土を踏む。

おまけに彼は熱狂的な阪神ファンらしい。

 

甲子園で繋がる縁。

野球で繋がる人たち。

自分がまだその一端に関われていることを感謝せずにはいられない。

 

水谷監督、がんばってください!

 

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