« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月30日 (日)

Come On Stand Up !

大阪城ホールに長渕剛コンサート行って来ました。

いつも思うことですが開演前からの異常な盛り上がり。

会場の外には「ギター預かり場」なんてあって来場者の中にはギターを持って参加してくる人もいます。

もちろん開演前や終了後にはあちらこちらで歌う人たちが。

しかし終了後は雨が降っていてその名物とも言える風景は見えなかったんだけど。

 

コンサートは・・・とにかくよかった!!

 

大阪城ホールは音響がかなり悪いんだけど、アリーナの真ん中に設置されたステージで360度観客だから音は思ったほど悪くなかったです。

オールドファンには嬉しい曲、「愛してるのに」「ひざまくら」そしてアンコールのラストには弾き語りで「逆流」

曲目の中心は最新アルバムからだったけど、それもやっぱりライブだから迫力が全く違ったんですよね。

 

彼自身も若いね。

浜田省吾さんもそうだけど50才を過ぎてあの若さ。

見習いたいものです。

 

TSUYOSHIのライブは常に観客一体。

みんなが拳を振り上げながら歌い続ける。

観客も骨太の人が多い。

もちろんかわいい女性からご年輩のみなさんまで。

人生の応援歌なんだろうね。だから年齢性別が関係ない。

 

彼の歌の中で最近感じるのは愛国心。

この国では国旗や国歌を戦争に結びつけるような考え方が多いけど、それって他の国ではあまり見られないこと。

僕が仕事で行く中国もアメリカも国旗を掲げているビルや企業は多いよね。

 

僕らが自分のルーツを選べないように、その人たちの血を受け継いで存在しているようにこの国にも歴史がある。

戦争や侵略の歴史は変えられない。

でも先の戦争で今の日本の礎になって死んでいった人たちの人生を否定することはできない。

彼らがいたからこそ今の自分たちの生活がある。

 

先日、22才の人に戦艦大和の話をしたら「大和って??」という返事。

戦争を拒むことを忘れてはいけないが、戦争自体を忘れることはどうなんだろうか。

それを教えない教育。今、教科書問題で沖縄が泣いている。

ミャンマーでは国民が政府相手に命をかけて闘っている。

恥ずかしい過去や不幸な被爆国としての現実にただ蓋をするだけでいいのか。

仮に浄化できる手段があるとすればそれは受け入れることから始まるんじゃないだろうか。

 

TSUYOSHIの話からちょっと飛躍しちゃったけど、彼の最近の歌には日本の現実を受け入れ、それを新しい時代に繋げていこうとするような強さがある。

国=人、ならば人の生き方もまた同じ。

過去は変えられない。

過去を隠すことにチカラを使っていると進歩はない。

過去を受け入れ、だからこそ強く生きなきゃという強さが人を変える。

 

自分自身もそんな大人、そんな親、そんな男、そんな人間でありたい。

 

| | コメント (0)

2007年9月18日 (火)

時間の空白もなく

14日から上海に行ってました。

台風11号が気になったけど日本にも中国にも上陸しなくてよかったです。

3泊4日の強行日程だったので雨は絶対イヤだな~と思ってたんです。

というのは、上海での主な交通手段はタクシー。このタクシーが全く捕まらないばかりか、人によってはタクシーを奪い合う喧嘩まで始まるのがこの街なんです・・・(^^;

 

1日目は大好きな避風塘で食事。安くておいしくて大好き。

行くのは専らポートマン・リッツカールトン(南京路)の向かいの店です。

P1020944 ここは日本語メニューもあるし、値段も大体大人3人で200元(約3000円)もあれば十分飲んで食べられます。

 

 

11ヶ月も行かなければ随分風景も変わってました。

①以前住んでたマンションの前にすごいビルが立っていた

②鎮寧路のDVD屋さんが復活していた

③浦東の金茂大厦(88F建)の隣にもっと高いビルが立っていた

④バッタもの市場がなくなり、張さんが別の場所で店を持っていた

などなど。

 

P1020943思えば2004年の夏、尊敬する大川氏と共にマンションを借りたのが上海ビジネスの本格的な幕開けでした。

全ては愚園路888号からです。

しかし、なかなか思ったような結果が出せず、昨年10月にマンションを引き払ってから上海に行く理由もなく日本で過ごしていました。

 

でも変わらないものもありましたよ。

それは友人です。

全く空白を感じさせない接し方で僕を迎えてくれました。

P1020947_2  彼ら、彼女らがいるから安心して上海に行けるし、また上海で何かチャンスを見つけたいと思うんでしょうね。

写真は蔡ちゃんです。日本に来たこともないのに日本語が上手な変わったヤツです(新天地「ARK」にて)。

 

24日、上海では中秋節。月餅をみんなが食べます。

伝統を重んじながら発展し続けるこの街で今後どんなことができるんでしょう。

P1020916 でも人件費が上がり、日本を初めとする外国企業の中国での生産はこれから非常に厳しくなるでしょう。

どこにビジネスチャンスを見い出せるか、これからの大きな課題です。

 

 

ところで最近はコピー商品の国内持ち込みが非常に厳しくなっています。

今回もDVDや時計等、買ってきましたがもちろん自己使用のものです。

コピー商品・・・いやな言葉です。今や中国を象徴するような言葉になっています。

僕は密かに「レプリカ」と呼んでいます。同じことだけど・・・。

 

| | コメント (1)

2007年9月10日 (月)

いつの間にか歳は過ぎ

昨日は野球の大会で2試合やったけど、かなり体力の限界を感じた1日でもありました。

2試合目は先発したんだけど、2回くらいから軸足の右足のふくらはぎが痙攣し始めて、ダルビッシュ君じゃないけど「もっとサプリメントを摂ってればよかった」なんて思いながら3回を投げて降板しました。

それもそのはず、明日で、正確にはあと4時間少々で44才を迎えてしまいます。

44と言えばランディ・バース、くらいしか思ってなかったこの数字。

結構世間的には重いようです。

世間からは普通に「おっさん」呼ばわりされます。

しかし、出会う人たちはお世辞なのか「そんな歳に見えませんね」とか言ってくれたりします。

それはそれで嬉しいけど、

「若いね~」とか

「見えないね~」とかの言葉の前に

「おっさんの割には」が付くんじゃないの?ってついつい考えてしまう自分があります、正直。

 

明日は国際的には同時多発テロの日。

個人的には誕生日。

悲惨な事件の犠牲者の冥福を祈りながら迎える1日。

祈りは大切なものですが、この歳で元気に野球ができることや自分が生きていることに感謝することも忘れちゃいけないと思います。

 

阪神も首位に立ちました。喜ばしいことです。

少なくとも僕の誕生日に首位から落ちることはありません。

人生も真ん中を過ぎています。

人生に起承転結があるなら今はどこなんだろう。

思うに人生とは「承」と「転」の繰り返しなのでは?

その数が人生のおもしろさなのでは?

なんて思っています。

これからの人生、どれだけ「転」と作れるか、なんて思ってしまいます。

 

| | コメント (0)

2007年9月 1日 (土)

「ありがとう」のチカラ

8月最後の日の夜、ここ最近味わったことのないような感動、背筋から脳天に突き抜けるような刺激を戴きました。

奈良市の株式会社新日本コンサルティングの中西社長、新日本不動産販売株式会社の井上社長とはホントに『ご縁』としか言いようのない形で出会うことができたんです。

お二人とも元々事業家ですが、不動産の仕事に関わり始めてからはまだ3年とのことでした。

それがたった3年で大成功されています。

 

夜、お酒を飲みながら(とは言ってもお二人とも酒は飲めないとのことで専ら僕だけが飲んでましたが・・・)いろいろお話をお伺いすると成功の秘訣は「感謝の心だ」と熱く教えて頂きました。

ありがとう・・・ありがとう・・・

この言葉の持つチカラ

僕自身、いつからかこの言葉を意識して使っていました。

しかし、それは人に対してであって、何かをしてくれること、例えば喫茶店でウエイトレスさんがコップに水を注いでくれたときなど、に対して些細なことにも感謝の言葉を述べるというようなものだけに終わっていたのです。

世の中、やってもらって当たり前というようなことは一つもない。

そんな考え方の中での「ありがとう」でした。

 

ところが、お二人の社長は困難に出会った時でも「ありがとう」の言葉を口にされるそうです。

そうすると幸せなことがどんどん自分たちの周りで起こってくるとおっしゃっていました。

それがものすごいチカラになって状況を変えてくれるというような・・・

 

これはスキルの話ではないですよね。

在り方の話です。

しかし、その在り方自身が非常に意味を持つんだということを僕自身感じることができたんです。

それが新鮮な感動になり、刺激となったわけです。

何か自分を変えることができる大きなきっかけになりそうなお話でした。

僕の未熟な言葉ではこの気持ちをうまくお伝えすることができないのが残念です。

 

中西社長、ワイン、本当においしかったです。

お二人の社長に出会えたことに、心からありがとう。

 

| | コメント (1)

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »